防水衣料の製造技術から生まれ、二度の英国女王賞に輝く技術開発を背景に持つスコットランドのアウトドアブランド。
その衣服は今も、軍や警察、山岳救助隊など、過酷な現場で働く人々を支え続けている。
アウトドアブランドの価値は、知名度だけでは判断できない。世界的に知られたメーカーがある一方で、一般にはそれほど名前が知られていなくても、独自の技術を開発し、専門家の要求に応えながら製品をつくり続けている会社が存在する。
KEELA(キーラ)は、1989年に英国スコットランドで誕生したアウトドアブランド。日本ではまだ広く知られていないが、その背景には、防水衣料の製造技術を長年研究してきた企業の歴史がある。
その歴史を辿ると、一般的なアウトドアメーカーとは少し異なる成り立ちが見えてくる。
なぜならKEELAの出発点は、服のデザインではなく、防水衣料を製造するための機械と加工技術そのものにあったからだ。
その技術を培った会社が、やがて自社のアウトドアブランドを立ち上げる。製造機械の開発から始まった企業が、どのようにして独自の衣服をつくるまでになったのか。
その歩みを辿ると、KEELAというブランドが持つ価値が見えてくる。
KEELAの歴史を語るには、ブランドが設立された1989年よりも前、1973年まで遡る必要がある。
その中心人物が、スリランカ出身の技術者Rube Fernando(ルーブ・フェルナンド)だ。
1960年代にスコットランドへ渡ったフェルナンドは、アメリカで創業した世界的なミシンメーカー、SINGER(シンガー)のスコットランド工場で働いていた。クライドバンクにあった同社の工場は、最盛期に約16,000人が働いた世界有数のミシン工場として知られている。
その後、フェルナンドは1973年にArdmel(アードメル)という会社を設立する。
彼が取り組んだのは、衣服の製造工程そのものを進化させることだった。
防水衣料には、長年にわたって解決が求められてきた問題がある。いくら防水性の高い生地を使用しても、縫製すれば針穴が生まれる。そこから雨水が浸入してしまうのだ。
フェルナンドは、この問題を解決するため、縫い目の裏側に防水テープを熱圧着するシームシーリング技術と、その加工を行う機械の開発に取り組んだ。
1979年、Ardmelは自社開発によるシームシーリングマシン、MK-1を製造する。それまで防水衣料の縫い目には、防水剤を塗布する方法も用いられていた。そこに専用の機械を使ってシームテープを圧着する技術が加わったことで、縫い目の防水加工を安定した品質で行えるようになり、生産効率の向上にもつながっていった。
そして、この技術はArdmel自身の製造だけにとどまらず、英国を代表するアウトドアブランドBarbour(バブアー)などにも広がっていく。
BarbourはArdmelが開発したMK-1シームシーリングマシンを購入し、自社の製造施設に導入していた。つまりArdmelは、他社の防水衣料を製造するだけでなく、他社が防水衣料をつくるための機械そのものを供給していたのである。
完成した衣服ではなく、その衣服をつくるための技術を提供する側にいた。ここにArdmelという会社の面白さがある。
Ardmelの公式資料によれば、初期に製造されたMK-1には、現在も使用されている個体が存在するという。
同社はその後も機械の改良を重ね、現在では温度や空気供給の管理、タッチパネルによる制御、自動化技術などを取り入れた製造機械を開発している。
現在では、防水ジャケットやレインウェアの縫い目にシームテープが貼られていることは珍しくない。しかし、そうした技術が広く普及する以前から、加工方法を研究し、専用の機械まで自社で開発していたのがArdmelだった。
ここで興味深いのは、Ardmelが単に衣服を製造する会社ではなく、衣服をつくるための機械そのものを開発していたことだ。
生地の性能を最大限に引き出すには、どのような縫製や加工が必要なのか。その工程を機械の設計から考え、技術として積み重ねてきたのである。
Ardmelの活動は、製造機械の開発だけにとどまらなかった。
同社はアウトドアウェアそのものの製造も手掛け、他社ブランドの製品づくりを支えていた。その取引先のひとつが、英国を代表するアウトドアブランド、Berghaus(バーグハウス)だった。
2026年10月、スコットランドの地方紙The CourierがKEELAの製造拠点を取材した記事でも、KEELA設立以前にBerghausを含む他社ブランドのアウターウェアを製造していたことが紹介されている。
これはKEELAの成り立ちを理解するうえで、非常に興味深い事実だ。
すでにアウトドアウェアの分野で知られていたブランドの製造に携わりながら、防水衣料に求められる技術を蓄積していたのである。
防水ジャケットの製造では、生地の性能だけで完成度が決まるわけではない。裁断された生地を縫い合わせれば、針穴や縫い代、複数の生地が重なる部分が生まれる。そこに防水処理を施し、袖や肩など身体の動きが大きい部分でも、衣服としての機能を維持できるよう仕上げていかなければならない。
シームテープを貼る工程ひとつを取っても、熱や圧力、加工する生地との相性が仕上がりを左右する。
Ardmelには、そうした工程を実際の衣料製造で経験すると同時に、その工程を支える機械まで自社で開発できる強みがあった。
そして1989年、長年培ってきた製造技術を自社製品に反映させるため、KEELAというアウトドアブランドが誕生する。
製品の企画から始まったブランドではなく、製造技術を持つ会社が、自らの名前で衣服をつくり始めた。
その根底にあるのが、Innovation、Quality、Technology。革新、品質、技術という三つの理念である。
LAMPAがこの歴史を面白いと感じるのは、KEELAの服づくりが、見た目のデザインよりも先に製造技術を持っていたという点だ。
防水衣料がどのようにつくられ、どこに問題が生まれ、どうすれば改善できるのか。その知識を持つ会社が、自分たちの理想とするアウトドアウェアをつくり始めたのである。
スコットランドは、アウトドアウェアの性能を試すには厳しい環境だ。雨、風、低温、そして変化しやすい天候。山岳地帯では、歩き始めたときには晴れていても、短時間で雨や強風に見舞われることがある。
こうした環境で重要になるのは、外からの雨を防ぐことだけではない。衣服の内側で発生する水分を、どう処理するかという問題だ。
身体を動かすと熱と汗が発生する。汗の一部は水蒸気となり、衣服の内部に広がる。ところが、外気温が低い環境では、冷やされた生地の内側で水蒸気が結露し、水滴に戻ることがある。
外から雨が浸入していなくても、ジャケットの内側が濡れてしまうわけだ。
山岳救助や軍事活動の現場では、長時間の移動と待機を繰り返すこともある。身体を動かしている間に衣服内部へ蓄積した水分は、活動を止めて身体の発熱量が減ったとき、体温を奪う原因にもなる。
寒冷地での防水衣料には、雨を防ぐ性能と同時に、内部の湿気や結露を管理する仕組みが求められるのである。
KEELAはこの問題に取り組み、System Dual Protection(システム・デュアル・プロテクション)、通称SDPという独自の防水透湿システムを開発した。
SDPの特徴は、役割の異なる外側と内側の層を組み合わせ、その間に空気層を設けた構造にある。
外側では雨や風への対応を、内側では着用中に発生する湿気や結露への対応を考え、さらに二つの層の間にある空気層も含めて、衣服内部の状態を管理しようとする設計だ。
一般的な防水透湿素材では、生地を通して水蒸気を外へ移動させる性能が重視される。ところが、寒く湿った環境では、衣服の内外の温度差や湿度によって水蒸気の移動が難しくなり、内側に結露が生じやすくなる。
SDPは、外からの水分を防ぐことと、衣服内部に生じる水分への対応を、一つの衣服構造の中で考えた技術である。
重要なのは、防水性や透湿性を生地単体の数値だけで考えるのではなく、実際に着用したときの衣服内部の状態まで含めて設計していることだ。
身体を動かしているときと、立ち止まっているとき。雨の中を歩いているときと、寒風の中で待機しているとき。その違いまで考慮しているところに、SDPの独自性がある。
KEELAの公式資料では、SDPは軍事用途との関わりを持つ技術として紹介されており、KEELA Tacticalの製品群にも採用されている。
製造機械の開発から始まった会社が、今度は衣服の内部構造そのものを考え、独自の防水透湿システムを生み出した。KEELAの技術開発が、製造工程から製品設計へと発展していったことを示す代表的な技術である。
こうした技術開発は、英国でも高く評価されることになる。
2006年、KEELAの姉妹企業がAdvanced Construction Technology、通称A.C.T.と呼ばれる衣服や素材の構築技術によって、Queen's Award for Enterprise: Innovation(英国女王賞・技術革新部門)を受賞した。
英国女王賞は、英国企業の優れた活動を表彰する制度であり、技術革新部門では新しい技術や製品、製造方法などによって成果を上げた企業が評価される。
単に製品が売れたという理由ではなく、技術的な革新そのものが評価の対象となる。
さらに2008年には、先ほど紹介したSystem Dual Protectionが衣服の性能を向上させる革新的な技術として評価され、再び英国女王賞を受賞する。
KEELAの公式沿革でも、2006年の姉妹企業によるA.C.T.での受賞と、2008年のSDP技術による受賞が、グループの歴史における重要な出来事として紹介されている。
特に興味深いのは、受賞対象となったのが表面的なデザインではなく、衣服の構造や製造方法、内部の水分管理に関する技術だったことだ。
防水衣料の縫い目を加工する技術から始まり、衣服の構造そのものを進化させる技術へ。
KEELAとその関連企業が長年積み重ねてきた研究開発は、英国女王賞という形でも評価されたのである。
KEELAのもうひとつの大きな特徴が、一般消費者向けのアウトドアウェアだけでなく、専門的な任務に従事する人々のための衣服を製造していることだ。
その供給先には、Police Scotlandをはじめとする警察組織、森林管理機関、救急サービス、山岳救助隊、軍などが含まれる。
いずれも、天候が悪いからといって活動を中止できるとは限らない仕事だ。雨や風、寒さの中でも、必要な作業を続けなければならない。
こうした現場では、防水性や保温性だけでなく、身体の動かしやすさ、装備との干渉、ポケットの配置、着脱のしやすさなど、一般的な衣服とは異なる条件が求められる。
例えば、軍や警察の装備では、防護装備を着けた状態で腕を動かせること、必要な道具を取り出せること、手袋をしたまま調整できることなどが重要になる。
そのため、KEELA Tacticalの製品には、肘部分の立体的な設計、装備との併用を考えたポケット、手袋を着用した状態でも扱いやすい調整機構など、実際の任務を想定した仕様が見られる。
山岳救助隊では、険しい地形の移動や救助作業に加え、悪天候の中で長時間活動することもある。
身体を大きく動かす場面から、低温下で待機する場面まで、一着の衣服に求められる役割は幅広い。そうした環境に対応するため、防水性、保温性、動作への追従性を、実際の作業と結びつけて考える必要がある。
現在KEELAは、軍や法執行機関向けの専門部門としてKEELA Tacticalを展開。防水ジャケット、保温ジャケット、コンバットウェア、寒冷地用衣料など、用途に応じた製品を開発している。
ここで重要なのは、KEELAが軍服のデザインをファッションとして取り入れているだけのブランドではないということだ。
実際に軍や警察、山岳救助隊などのための衣服を設計し、製造している。その経験と技術が、ブランド全体の製品開発にもつながっているのである。
現在、多くのアウトドアブランドが外部の専門工場に製造を委託するなか、KEELAは自社グループによる製造体制を維持している。
その主要な拠点が、スコットランドのグレンロセスと、創業者の出身地でもあるスリランカだ。
グレンロセスには、製品開発や技術研究、製造を行う施設があり、現在も実際の縫製作業が続けられている。2026年10月のThe Courierによる工場取材では、複数の建物に広がる製造施設や、現場で働く縫製技術者たちの姿が紹介された。
同記事によれば、スコットランド側の従業員は約70人。衣料品の製造だけでなく、シームシーリング関連の技術や精密機械の製造も行っている。
一方、スリランカにも自社グループの衣料製造工場を持ち、2021年の報道では1,000人以上が働く規模に成長していることが紹介されている。
この工場ではKEELA関連製品に加え、他社ブランド向けの衣料製造も手掛けている。
スリランカでの生産には、創業者ルーブ・フェルナンドの出自という歴史的なつながりもある。スリランカからスコットランドへ渡った技術者が英国で製造技術を開発し、その後、両国に製造拠点を持つ企業グループを築き上げた。
KEELAの生産体制は、そうした創業以来の歩みとも深く結びついている。
さらに英国国内での製造にも継続して取り組み、英国製生地を使用したコレクションや、英国国内で縫製する製品も展開してきた。
海外に生産拠点を持ちながら、スコットランドにも製造設備と技術者を残し、製品開発と実際の生産を続けている。
自社で製造技術と生産設備を持つことは、製品の品質管理だけでなく、試作や改良にも意味を持つ。新しい構造を考えたとき、実際に縫製し、問題点を確認し、改良を重ねる。その工程に製造側の知識を直接反映できるからだ。
機械の開発から始まったKEELAが、現在も製造会社としての側面を持ち続けていることには、大きな意味がある。
製品を企画する側と、実際につくる側。その両方の技術と経験を自社グループの中に持っているのである。
KEELAには、衣服を製造するだけでなく、修理して長く着続けるための取り組みもある。1980年に始まった修理事業は、現在のKeela Rebuildというサービスにつながり、破れやファスナーなどの修理を通じて、製品を長く使用できるよう支えている。
また、衣料品の回収や環境負荷の低減に向けた取り組みも続けている。2020年には新型コロナウイルスの感染拡大によって医療用防護衣料が不足した際、英国のNHS向けに75万着以上の医療用ガウンを供給した。
こうした活動にも、専門的な縫製技術と生産設備を持つ製造会社としての力が表れている。
ここまでKEELAの歴史を辿ってきて、改めて興味深いと感じるのは、技術を開発する会社でありながら、現在も自ら衣服をつくり続けていることだ。
防水加工の機械を開発し、著名なアウトドアブランドの製造を手掛け、独自の防水透湿システムを生み出す。そして、その技術を実際の製品として完成させ、厳しい環境で活動する人々に届けている。
こうした背景を知ると、KEELAのジャケットを見る目も変わってくる。
生地の選択や縫い目の処理、フードや袖口の構造、ポケットの配置。それぞれが、雨や風の中で衣服を機能させるための設計であり、その背後には長年の製造経験がある。
LAMPAがKEELAに惹かれる理由は、単に技術力が高いからでも、専門的な組織に製品を供給しているからでもない。
それらの技術や経験が、実際に着る一着の衣服へと落とし込まれていることに価値を感じるからだ。
衣服の良し悪しは、素材の名称や機能を示す数値だけでは決まらない。生地をどのように裁断し、どのように縫い合わせ、どの部分に補強や調整機構を設けるのか。そうした設計の積み重ねによって、着用時の動きやすさや使い勝手、衣服全体の完成度が変わってくる。
KEELAには、その一つひとつを実際の使用環境と結びつけながら考えてきた歴史がある。
服を長く見続けていると、こうした背景を持つメーカーの製品にこそ、紹介する意味を感じる。
華やかな広告や知名度ではなく、衣服をつくる技術と、その服が実際に果たす役割で選ぶ。KEELAは、そんな服選びに十分な理由を与えてくれるブランドだ。
東京・高円寺のセレクトショップLAMPAでは、KEELAの製品を正規取扱しています。店頭では実際の素材感や各部の仕様を確かめていただけるほか、オンラインショップからもご購入いただけます。